一青窈の旦那山口周平の仕事や馴れ初めとは?生い立ちが壮絶?

一青窈の父親や母親と壮絶な生い立ちとは?

一青窈さんは歌手や作詞家として
活躍をしている方です。

 

1976年9月20日生まれです。
中国語の漢字名は「顔窈(イエン・ヤオ)」
で「顔」は父親の姓です。
母親の姓は「一青」です。
父親が台湾人で母親が日本人のハーフです。

 

一青窈さんは日本語・英語・北京語を
半せるトライリンガルです。
台湾出身で、幼稚園卒園後に父を台湾
に残して、母と姉と日本で生活することに
なりました。

 

小学校2年生のときに父親が癌で死去
しています。

以降、母の姓の「一青」を名乗る
ようになりました。

 

小学校高学年の頃に宮沢賢治の詩
に触発されて、詩を書き始めました。

 

初等部から森村学園に通い
美術部とバスケットボール部に
所属、生徒会では書記を務めます。

 

高校生のときに母も癌で亡くしました。

 

半年の浪人期間を経て
AO入試で慶應義塾大学環境情報学部
に入学をしました。

 

慶應義塾広告学研究科
ジャズ研究会
K.O.E(アカペラサークル)
に所属をしてストリートライブを行う
などしました。

 

K.O.Eで現在のゴスペラーズの
北山陽一さんと出会って、自作の詩
を見せたところ
「お前の詩は面白い。FAXしてくれたら
いくらでも曲を付けるから歌え」と
提案されて以降は自分の詩で歌うことに
なったそうです。

 

その後、福祉イベントで歌っているところ
スカウトされて
2002年に「もらい泣き」でデビュー
を果たしました。

 

もらい泣きがヒットして、ファースト
アルバム「月天心」で大ブレイクを
果たします。

 

数々の音楽賞や新人賞を受賞しました。

2003年第54回NHK紅白歌合戦に出場
を果たします。

2004年には「ハナミズキ」が大ヒット
をしました。


同年、映画「珈琲時光」で主演で
女優デビューを果たしました。

同作で日本アカデミー賞新人賞を
受賞しています。

 

一青窈さんの出身地でもある台湾でも
CD・DVDが発売されており
「もらい泣き」「大家」「月天心」
のジャケットは台湾オリジナル仕様と
なっています。

 

また、台湾のキリンビールのCMに
も出演をして台湾の愛唱歌
「望春風」が使われました。

一青窈の旦那山口周平の仕事や馴れ初めとは?

 

 

一青窈さんは2007年に写真週刊誌

などで・・・小林武史さんとの不倫疑惑

が報じられました。

当時はMy Little Loverのボーカルである

あっこさんの旦那さんでした。

 

現在は離婚をしています。

 

あっこさんは

2014年4月に一般男性と再婚をしています。

一青窈さんと小林武史さんは結婚は

することはありませんでした。

 

2015年4月27日にギタリストである

山口周平さんと結婚をしています。

それと同時に妊娠4ヶ月であることも

発表されました。

 

2015年11月8日第一子である男児を

出産しています。

 

2017年7月には第二子である女児を

出産しています。

 

一青窈さんの旦那さんである

山口周平さんは一青窈さんよりも

2つ年下ということです。

 

ギタリストという仕事の他に

兵庫県を中心にアスレティックトレーナー

として活動もしているようですね。

 

2人の馴れ初めは音楽プロデューサー

の武部聡志さんとのつながりで昔から

知り合いだったようですが・・・・

 

小林武史さんとの破局が原因で交際

に発展したともいわれています。

 

また一部の報道では一青窈さんのライブ

にサポートギターとして加わったことが

交際のきっかけとも言われています。

 

小林武史さんとの不倫報道後・・・

破局して2ヶ月後に現在の旦那さんである

山口周平さんと交際していることが

発覚し、さらにその3ヶ月後に結婚と

いうことになったようなので・・・

 

ネットでは、不倫略奪から違う男に

乗り換えての結婚が早くない?などの

声が多かったのは事実です。

 

結婚というのは本当にタイミングなん

だということがわかりますね。