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JUDY AND MARY解散理由が衝撃的だった!恩田快人という存在が!

JUDY AND MARY解散理由が衝撃的だった!恩田快人という存在が!

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JUDY AND MARYのデビュー秘話や売り上げが!

JUDY AND MARYは1992年から2001年まで
活動をしていたロックバンドです。

 

メンバーは
YUKI(ゆき:1972年2月17日北海道出身、ボーカル)
TAKUYA(たくや:1971年9月9日京都府出身、ギター)
恩田快人(おんだよしひと:1963年兵庫県出身、ベース)
五十嵐公太(いがらしこうた:1963年1月17日神奈川県出身
、ドラムス)

 

1991年6月ヘヴィメタルバンドのメンバーとして
メジャデビューをしていた恩田さんが映画撮影で
北海道を訪れた際に、当時短大生のYUKIと知り合って
います。

 

映画スタッフ達との飲み会の場でYUKIが
バンドをやりたいけどどうすればいいのかわからない
と相談したことがきっかけで、恩田がその後YUKI
にデモテープを送ってもらい聴いたところ歌声を
気に入ってボーカルとして抜擢しています。

 

当初は恩田さんもこのバンドでのメジャーデビュー
を目指していたわけではなくYUKIが名刺代わりに
アルバムを持参できればと費用は恩田さんが負担を
していたそうです。

 

しかし、活動後に恩田さんはこのバンドへの
熱意が湧き上がっていたために再始動を決意しています。

 

1993年に当初加入していた藤本さんはソロデビュー
の話があったために辞退をして藤本さんに代わる人を
というおとでオーディションをしたときに
TAKUYAさんが選ばれて加入をしています。

 

1994年アルバム「J・A・M」を発売しオリコン
チャート初登場5位を記録しています。

1995年6月に発売されたシングル「Over Drive」
がオリコンチャート初登場で4位だったんですが
60万枚以上を売り上げるヒットを記録しました。

 

さらに12月には「MIRACLE DIVING」を発表し
100万枚に迫る売り上げを記録しています。

 

1996年には全国ツアーを開催し初の日本武道館
大阪城ホール公演を含む全国19都市23公演を行い
ました。

 

1996年2月シングル「そばかす」はオリコンチャート
初登場1位を獲得し、100万枚の売り上げを記録
しました。

同年「第47回NHK紅白歌合戦」に初出場しています。

 

1997年3月アルバム「THE POWER SOURCE」
は300万枚に迫る売り上げでバンド史上最高
セールスを記録しました。

1999年から1年間の活動休止の後2000年に
活動を再開。

 

2001年1月9日に全国紙朝刊の全面広告で解散
を発表しました。

JUDY AND MARY解散理由が衝撃的だった!

 

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JUDY AND MARYが解散となった理由が
今となってはわからない!という方のために・・・

JUDY AND MARYはそもそも恩田快人さんが
YUKIさんを見つけたことでそれまで温めて
いたバンドを作ったことがきっかけでした。

 

当初はここまで売れることを想定していなかった
ために、レコーディングやCD製作といった費用は
すべて恩田快人さんが捻出していました。

 

その後、オーディションでTAKUYAさんが加入
する形でJUDY AND MARYのバンドが作られて
います。

 

恩田快人さんなしではJUDY AND MARYは
誕生していなかったといっても過言ではありません。

 

売り出すときには伝説の音楽プロデューサーである
佐久間正英さんが貢献したこともJUDY AND MARY
が売れた要因となっています。

 

誕生からは恩田快人さんが楽曲をかいたりと
自分の思い描いていたバンドに近い曲を生み出して
いましたが・・・

 

ギターのTAKUYAさんが作曲のスキルを上げて
佐久間正英さんに認められるぐらいに成長を
していきました。

 

とともにだんだんとJUDY AND MARYの楽曲が
TAKUYAさん色に染まっていったんです。

 

そうしているうちに恩田快人さんが当初思い描いて
いたバンドとはかけ離れた音楽性のバンドへと
なってしまっていたんです。

 

そうなると恩田快人さんのバンド活動への
モチベーションはだださがりでした。

 

あまりにもJUDY AND MARYがTAKUYAさん
カラーが強くなりすぎて自信の音楽活動
への限界を感じていました。
そんなとき恩田快人さんはバンドを脱退することを
所属事務所関係者に申し出たそうです。

 

あくまでもJUDY AND MARYを解散させるのでは
なく自分が抜けるという形を選んだようです。

 

しかし、YUKIさんは恩田快人さんなしでは
JUDY AND MARYの活動は考えられませんでした。

 

とにかくYUKIさんは引き止めたい気持ちが
強かったですが、恩田さんの意思は固かった
ようですね。

 

YUKIさんと五十嵐さん(ドラム)は必死で
引き止めたようですがTAKUYAさんは静観していた
ようです。

 

2008年には4人でステージに立つのが難しい
ほど関係が悪化していたようです。

 

YUKIさんはかなり悩み抜いて考えたようですが
JUDY AND MARYをすぱっと終えようと決心を
したようです。

 

誰か一人がいなくなるのであったらこのバンドは
存続しないとう意思があったようですね。

 

五十嵐さんはYUKIがそういうなら仕方ないと
受け入れたようですが・・・

 

TAKUYAさんはYUKIさんに解散したら著作権
なんかの問題でJUDY AND MARYの曲を歌えなく
なるよ?と引き止めたようですが・・・

 

YUKIさんはいいよ!!と後悔なんて全くない!と
気持ちの整理をつけたようです。

 

バンド解散で誰が悪いということはないのかも
しれませんが・・・やはり集団でなにかを継続して
いくということは本当に大変なのだと感じさせられます。

 

幼い頃からの仲良し組でも仲違いをして解散
ということもよく目にしますので大人になって
からの結成はなかなかむずかしいのかもしれません。

 

それぞれの考えがありそれぞれの思いがある
んですね。


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