愛華みれの夫や結婚への衝撃の馴れ初めとは!宝塚時代や現在の仕事とは

愛華みれの夫や結婚への衝撃の馴れ初めとは!宝塚時代や現在の仕事とは

愛華みれの経歴

愛華みれさんは女優として活躍をしている方です。元宝塚歌劇団花組のトップスターです。

愛華みれさんは1964年11月29日生まれで、鹿児島県肝属郡根占町出身です。

鹿児島県立南大隅高等学校を卒業しています。

1983年、母から宝塚を受験することを勧められ、進路指導の高校教師に相談したところ「お前が合格するか」と言われたことに憤慨し、推薦を蹴って宝塚音楽学校に入学しています。

1985年、宝塚歌劇団入団(71期生)。『愛あれば命は永遠に』で初舞台。花組に配属となる。同期には親友の真琴つばささんがいます。

1986年に『散る花よ、風の囁きを聞け』の薩摩藩の藩士役に抜擢される。『秋…冬への前奏曲』『春の風を君に』などの新人公演で主演を任されています。



1999年の『夜明けの序曲』で花組トップスターに就任。この時期は愛華をはじめ5組のトップスター中4組が同期生でありました。

2001年、『ミケランジェロ』のタイトルロールを最後に退団。以後、女優として舞台からテレビなどで活動しています。

2008年3月21日、リンパ腫に罹患していることを所属事務所が公表、出演予定の舞台を降板して治療に専念していたのですが、同年8月6日のモーニング娘。と共演した新宿コマ劇場での公演『シンデレラtheミュージカル』にて復帰しています。

愛華みれの夫や結婚への衝撃の馴れ初めとは!


愛華みれさんは2009年に結婚をしています。夫は東京都内でスポーツ治療院を開業しているスポーツマッサージ師の方です。

結婚当時は愛華みれさんが44歳で、夫が34歳ということで10歳年下の歳の差結婚でした。

愛華みれさんと夫の馴れ初めが気になるところですがどんな出会いだったのでしょうか。

愛華みれさんは元宝塚劇団花組のトップスターにまで登り詰めた方ですが、トップスターである当時に担当スポーツマッサージ師として施術を担当していたそうです。

毎回「明日も元気に舞台に立てるようにメンタルを整えましょう」と少しずつ、気づいたら愛華みれさんのことを全部知っている人になっていたそうです。

10歳ほど年下の夫ですが、とてもしっかりと構えているタイプで愛華みれさんのほうが落ち着きなさいと諭されるぐらいだそうです。

交際は2007年から始まったそうですが、2008年にリンパ腫を患って出演予定の舞台を降板して治療をしています。治療では体調の変化で体が弱って、精神的にも落ち込んだ時期があったそうです。そんな辛い時期をずっとそばで支えてくれたのが現在の夫だったそうです。

愛華みれさんが落ちこんでベランダから下を眺めていたときに夫が「月が綺麗ですよ」と言われたそうです。そんな一言で見た月がとても綺麗で自分なんてちっぽけな存在で、生きるも死ぬも私が決めることじゃない。ただ、今を精一杯生きればいいと方の力がすーっと抜けたのを感じたそうです。

治療を続けながら2008年の8月には新宿コマ劇場の「シンデレラtheミュージカル」で舞台復帰を果たしました。

愛華みれさんが出雲大社や島根の八重垣神社を訪れた際に、縁結びの占いで「身近な人」との縁を示す結果が出たそうです。

その時に「来年、アピールしてきた人と結婚します」と神様に心の中で約束したところ、年が開けて、2009年1月1日に夫から「一緒になりませんか」とプロポーズされたそうです。

愛華みれさんもこの人だ!と思うと同時に愛華みれさんの父親からも夫は「そろそろもらってくれないか」と後押しがあったそうです。

入籍日は2009年1月1日で愛華みれさんの実の母の誕生日でもあり、宝塚時代にトップとしてのお披露目公演を行った日付とも同じでした。

さらに、役所の方の計らいもあり、時刻は1時1分という1づくしの結婚となりました。

愛華みれの宝塚時代や現在の仕事とは




愛華みれさんは、宝塚音楽学校に入学をして、成績はあまり良くなかったそうですが責任を一手に任されることが多かったそうです。寮では取りまとめ役の寮委員を務めていたそうです。合唱の授業ではアルトの部の責任者を担っていたそうです。

音楽学校で2年間過ごし、初舞台を無事に終えて、研究科1年生となりました。負けず嫌いなために周りに弱みを見せられずに、何があっても強いと思われていたそうですが、帰宅後には「このまま劇団についていけるのだろうか」と悩み日記に書くこともあったそうです。

そんな中、研一の終わりに突然降って湧いてきた抜擢があったそうです。音楽学校の文化祭でもセリフらしいセリフを言ったことがなかったのに、いきなり主役の敵役という大役でした。

期待に応えることと周囲との実力差をどうやって埋めていけばいいのか、毎日必死だったようです。とにかく「何者かになるまでは」という思いが強くあったそうです。

宝塚歌劇団では「花組、月組、雪組、星組、宙組」とそれぞれにカラーがある組を幾つか経験しながら成長をしていく人が多い中、愛華みれさんは初舞台から退団までずっと花組だったそうです。

舞台を経験していくうちに他のスターの舞台衣装の右肩には金色のキラキラがついているが自分はついていないと確認をすることで自分が現在、どのポジションにいるのか見えて、それに応じた努力もわかってきたそうです。

何があっても舞台に立たなければいけないという覚悟だったそうですが、毎日3000人もの観客の前に立って、その後にはたくさんの感想が寄せられ、批判も多くあったそうです。そのため、自分らしさを保ち続けるメンタル力が自然と培われていったそうです。

そのような血と汗と涙の結晶によって、愛華みれさんは宝塚歌劇団という大きな団体においてトップスターへとのし上がったのです。

愛華みれさんは宝塚歌劇団を退団後には、テレビドラマ・映画・舞台などと精力的に活躍をしています。

愛華みれさんといえば舞台ということもあり、舞台での仕事が多く占めているようですね。