大杉漣の死因とは!倒れる直前に松重豊が看取ったという最後の別れとは

大杉漣の死因とは!倒れる直前に松重豊が看取ったという最後の別れとは

大杉漣の経歴

大杉漣さんは俳優・タレントで活躍をしていてた方です。

大杉漣さんは1951年9月27日生まれで、徳島県小松島市出身です。

徳島県立城北高等学校を卒業しています。大学は明治大学に入学をしましたが中退をしています。

4人兄弟の末っ子で育ったそうです。父親が京都大学出身ということもあり教育者の家庭で育っています。

父親は38歳という若さで中学校の校長の抜擢されています。その後は高校の校長を歴任しています。

1970年代に人気を呼んでいた蜷川幸雄、寺山修司、唐十郎らの演劇に通い、1973年、雑誌『新劇』に掲載されていた太田省吾の記事に感銘を受け、太田の劇団員募集広告に応募し研修生として採用されています。この応募のために明治大学を中退しています。

同年6月、22歳で別役実作品『門』の「娼婦を買いに来る客A」役で舞台デビューを果たしました。

1980年に新東宝映画のピンク映画『緊縛いけにえ』で映画俳優としてデビュー。日活ロマンポルノや新東宝映画などのピンク映画に積極的に出演するようになりました。

転形劇場は1988年に解散。大杉漣さんは37歳で活動基盤を失ったが、宮沢章夫作品や太田省吾作品への出演、岩松了作品における竹中直人さんとのコラボレーションなど、演劇界で活動を続けました。



1989年以降、再び映画界への進出を望んだが、希望する役を射止めることはできず、Vシネマなどに多数出演して収入を確保する生活が続きました。

40歳代に入り、種々のステップアップを図る一環として北野武監督による『ソナチネ』(1993年)のオーディションを受け、遅刻したにもかかわらず合格。

この作品での演技が転機となり、映画界において演技派の一人として知名度を得ていきました。

映画以外にもテレビドラマへの主役・主要キャストとしての出演が増加すると、その名は広く一般に認知されるようになりました。

「300の顔を持つ男」「カメレオン」などの異名を得ることになります。

映画からNHK大河ドラマ・Vシネマ・ドキュメンタリーのナレーション・バラエティ番組など各ジャンルに出演をし、その本数も多くバイプレイヤーの代表格として極めて精力的な活動を行っていました。

2013年4月13日より、BSフジにて自身初の冠番組となる旅番組『大杉漣の漣ぽっ』が放送開始。

2017年1月2日に日本テレビ系で放送された『新春ぐるナイ!ゴチ新メンバー超大物2名発表SP!』にて、人気コーナー「グルメチキンレース・ゴチになります!18」にレギュラー出演することが発表され、地上波バラエティ番組における初レギュラーが決定しました。

大杉漣の死因とは!倒れる直前に松重豊が看取ったという最後の別れとは


2018年2月20日深夜、主演ドラマ『バイプレイヤーズ〜もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら〜』のロケのために滞在していた千葉県君津市内のホテルで腹痛を訴え、番組関係者に付き添われてタクシーで君津市内の救急病院へ搬送されています。

病院到着時には既に重体となっていて、総合病院への搬送も検討されたのですが治療が間に合わないという病院側の判断で集中治療が継続されました。

しかし、その後容体が急変して翌2月21日午前3時53分に急性心不全のため死去しました。

当日の20日は終日撮影や取材を行ったのですが体調に変化などはなく順調に進行をして、終了後は共演者らでともに食事もしていたそうです。

出演者はグループLINEでつながっていて、それを利用して大杉漣さんは「具合が悪い」と訴えています。

異変に気づいた松重豊さんがタクシーで千葉県内の病院に連れて行ったそうです。

臨終の時には松重豊さんからの知らせを受けて病院に駆けつけた光石研さんと田口トモロヲさんと遠藤憲一さんらがみとっています。


66歳という若さで亡くなった大杉漣さんはずっとサッカーをしていて不健康なイメージもなかったそうです。しかも亡くなる10年前からタバコをすっぱりとやめて深酒もしなくなっていたそうなんです。心臓が悪いということも聞いたことがないと周りの方々は語ります。



普通は急性心不全といっても、その原因となったほかの疾患があるようです。大杉漣さんは腹痛があったというので急性心筋梗塞か大動脈解離の可能性が高いといわれています。

ただ、急性心不全の原因は心筋梗塞が一番多いので大杉漣さんの場合は心筋梗塞だったのではないかと言われているようですね。

一方で違う見解をしめす医者もいるようです。逆行性の大動脈解離だった可能性が高いと思うとも語っています。

内膜に裂け目がえきて新たな血流の道ができ、心臓より腹部大動脈などで内膜が裂けると、血流の一部が心臓方向に逆行をした場合、お腹の痛みを訴えることが多いそうです。

搬送されて亡くなるまで3、4時間というのは、血流が逆行して外膜まで破れて血液で心臓が圧迫され死に至るまでの時間としては妥当だそうです。

やはり日常では味わったことのない痛みや変化を感じたときには一刻も早く救急車を呼ぶことが重要かもしれません。