三國清三の妻・子供・家族構成や経歴・現在を徹底解説プロフィール完全版!
三國清三さんの経歴をわかりやすく解説|世界的フレンチシェフの軌跡
三國清三さんとはどんな人物か
三國清三さんは、日本を代表するフランス料理シェフであり、「日本におけるフレンチの地位を確立した人物」として知られています。北海道出身で、地方の食材を活かした独自のフランス料理を提案し、世界的にも高い評価を受けています。
北海道での幼少期と料理との出会い
三國清三さんは1954年、北海道増毛町に生まれました。家は決して裕福ではなく、幼い頃から自立心を養う環境で育ちます。中学卒業後は高校に進学せず、料理の道へ進むことを決意。15歳で米店に住み込みで働きながら、夜間の調理師学校に通いました。16歳の時、まかないで食べたハンバーグに感動し、「ハンバーグを作る料理人になろう」と決意。
米店の女性から「ハンバーグと言えば札幌グランドホテル」と聞き、同ホテルで開催されたテーブルマナー講習に参加し、そこで料理課長の青木保憲の許しを得て、料理人の修行を開始。半年後、正社員になっています。
この早い決断と現場経験が、後の成功の大きな土台となっています。
フランス料理の世界へ|修業時代
札幌グランドホテルなどで経験を積んだ後、三國清三さんはフランス料理の道へ進みます。その後、在スイス日本大使館の料理長(ヘッドシェフ)に抜擢され、海外での経験を積むことになります。
この時期に本場ヨーロッパの食文化や技術に触れたことで、料理人としての視野が一気に広がりました。さらにフランス各地の星付きレストランで修業し、伝統的なフレンチの技術を徹底的に学びます。
日本にフレンチを広めた立役者
帰国後、三國清三さんは東京・四ツ谷に自身のレストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」を開業。ここで提供された料理は、それまでのフランス料理の常識を覆すものでした。
特に注目されたのは「地方食材の活用」です。北海道をはじめとした日本各地の旬の食材をフレンチに取り入れ、「地産地消フレンチ」という新しいスタイルを確立しました。
この革新的な取り組みにより、日本国内だけでなく海外からも高い評価を獲得。フレンチの敷居を下げ、多くの人に親しまれる存在へと変えていきました。
世界的評価と数々の受賞歴
三國清三さんはその功績が認められ、フランス政府から「レジオン・ドヌール勲章」を受章。これはフランス文化への貢献が評価された証であり、日本人シェフとして非常に名誉ある受賞です。
また、料理界においても数々の賞を受賞し、日本を代表する料理人として確固たる地位を築きました。テレビ出演や書籍出版などを通じて、料理の魅力を広く発信している点も特徴です。
現在の活動と影響力
現在も第一線で活躍する三國清三さんは、後進の育成や食育活動にも力を入れています。若手シェフの指導や地域食材の普及など、日本の食文化全体の発展に貢献しています。
また、YouTubeやメディア出演を通じて家庭でも再現できるレシピを紹介するなど、一般の人々にも料理の楽しさを伝え続けています。
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▼12時台のお客様
カリスマ フレンチシェフ #三國清三 さんがご来店!
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「スープの思い出(味噌汁除く。ごめんなさい)」… pic.twitter.com/LzcrA4bCPv— ラジオ『野村くにまる 日曜ぐらいは・・・』文化放送 (@kunimaru_joqr) October 22, 2024
三國清三の妻・子供・家族構成
三國清三の妻
三國清三さんは、結婚をして妻がいらっしゃいます。妻は「三國久美子」さんです。三國清三さは決して裕福ではない家庭で育っていますが、それとは対照的に妻は医者の娘として裕福な家庭に育ったようですね。
三國清三さんと妻の久美子さんが結婚をしたのは1985年のことでした。
三國さんは7歳年下の久美子さんを一目見て気に入った一目惚れだったようですね。身長が高く、立ち居振る舞いが堂々としている久美子さんをレストランのマダムにふさわしいと思ったそうです。
三國清三さんと結婚をした後に妻は料理研究家としてフードコンサルタントや料理教室を開くなどの活動をしています。
妻の久美子さんは結婚した翌年から2011年まで「オテル・ドゥ・ミクニ」で、25年間もサービスとトレーニングとヨーロッパ家庭料理の研究を行っていたそうです。
また、「オテル・ドゥ・ミクニ」の新館開設時には、内装の総合プロデュースも手掛けています。
ネットを検索すると「三國清三 離婚」というキーワードが目につきますが、離婚はしていません。三國さんはYouTubeで発信をしていたりするのですが、娘さんはたまに出演をしたりするのですが妻は全く顔を出さないこともあって噂が立ったりしたようですね。
三國清三の子供である娘
三國清三さんと妻の久美子さんとの間には子供さんは1人いるようですね。
名前が「三國珠杏(みくにじゃん)」さんです。1992年〜1993年生まれということです。
珠杏と書いて「じゅあん」ではなく「じゃん」と読むのはかなり珍しいと感じますが、これは三國さんが敬愛してやまないフランス料理人のジャン・トロワグロさんから名付けたそうです。
幼稚園から成城学園高校まで、歌舞伎の「尾上右近」さんとずっと同級生だったようです。
その後は、慶應義塾大学から大学院に進み、2019年からはオーストラリアのウィーン大学院にも在籍をしていました。
現在は、ウィーン大学で心理学の研究員をしているとのことです。
三國清三の店を閉店した理由
日本一予約が埋まるフレンチとして「オテル・ドゥ・ミクニ」が2022年12月28日に閉店をしています。
閉店を発表した翌日には700件を超える問い合わせがあったようです。
人気店なのになぜ閉店をしてしまったのでしょうか・・・・
三國さんは「料理人として心の底に温めていた夢を実現するために僕は閉店を決めたのだ・・・」と語ります。
1985年から2022年ということで37年間という長い期間で店を閉じることになりましたが、キリが良い40年ではなかったことには理由があるようです。
その3年は夢に向かっての準備期間だそうです。67歳で次の夢を持てるということはすごいことですね。
そして・・・2025年の9月に「オテル・ドゥ・ミクニ」跡地に、カウンター8席のみの1人で切り盛りするレストランを開いています。
それが「三國」です。
三國清三さんは生涯料理人でありたいという気持ちが強かったようです。それは自分が第一線でお客様に対して料理を提供するということです。
60代を超えてくると「オテル・ドゥ・ミクニ」のように80席もある店を率いるのは難しくなるけれども、まだまだ燃え尽きる年齢ではないと考えたようです。
その考えに至るには、三國さんの師である帝国ホテルの村上伸夫シェフの存在があります。師匠は84歳まで現役を続けてきたので恩師よりも1年でも長く頑張りたいという気持ちと人生100年時代、70代で新しいことを挑戦している自分の姿で多くの方々に可能性を感じてもらいたいという気持ちもあったようですね。
ご視聴ありがとうございました
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シェフ/#三國清三
\フレンチの巨匠 71歳の再出発!
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