西野亮廣(キングコング)の結婚した妻とは!収入源や現在の仕事とは

西野亮廣(キングコング)の結婚した妻とは!収入源や現在の仕事とは

西野亮廣(キングコング)の経歴

西野亮廣さんはお笑いタレント・絵本作家・エンターテイナーとして活躍をしている方です。

西野亮廣さんあ1980年7月30日生まれで、兵庫県川西市出身です。

父が大の三国志好きで、賢い子になるようにと『三国志』の「諸葛亮(しょかつりょう)」から「亮」という字をとった付けたそうです。

4人兄弟の3番目で育っていて、兄、姉、弟がいます。子供の頃は生活に窮するほどではないですが、決して裕福ではなかったそうです。

幼少期に近所のスーパーの駐車場で行われたプロレスの巡業の歓声を西野はのちに「生まれて初めて聴いたエンターテイメントの音」と表現していて、その後はテレビのお笑い芸人やUFO特番に夢中になったそうです。

小学校の低学年のときに「志村けんのモノマネ」にクラスの皆と当時気になっていた女の子が笑ってくれたことをきっかけにテレビの世界を意識するようになったそうです。

中学生の時に吉本興業の若手芸人たちが小さな劇場から放送するランキング形式のネタ番組「すんげ〜Best10」を観てテレビの世界に行くことを決心したそうです。

中学卒業と同時に吉本興業へ入ろうと考えたようですが、親の説得により高校までは通うことになったそうです。

学力試験の成績が悪くてこのままでは自宅近くの公立高校へ行けないと考えて学習塾へ入学をしたそうですが、その時に教わる川ではなく教える側となったことをきっかけに勉強の楽しさに目覚めて、学年最下位だった数学で学年トップの成績をおさめています。

NSCに22規生として入り、「グリーングリーン」というコンビでボケを担当していましたが、「NINNIN丸」というコンビを解消した梶原さんと、1999年に「キングコング」を結成しています。

2001年に「はなるのトびら」のレギュラーに選ばれて出演をしたことをきっかけにキングコングが全国的な知名度に押し上がりました。

はなるのトびらに出演をしたときにはbaseよしもとが一大ムーブメントを巻き起こしていたため、スケジュールは休みなしで1日の平均睡眠時間は2時間以下という生活が数年続いたそうです。ほかに関西でレギュラー番組をたくさん抱えていたため、睡眠できるのは新幹線の中のみだったほどです。

2005年には7月、月9ドラマ『スローダンス』(フジテレビ)でドラマデビュー。本来標準語で記載されている台本を自ら関西弁に直していた。同年秋からソロトークライブ『西野亮廣独演会』を月一で開催。

2009年にタモリさんからのアドバイスをきっかけに絵本作家を志し、独学で絵を学ぶと、約5年の月日をかけ制作した初の作品となる絵本『Dr.インクの星空キネマ』を1月26日に発売、にしの あきひろ名義で絵本作家としてデビューを果たしています。

2010年1月25日には2冊目の絵本『Zip&Candy -ロボットたちのクリスマス-』を出版、銀座では完成記念個展も開かれました。

2013年2月にクラウドファンディングにより出資を募り、ニューヨーク・トライベッカのOne Art Spaceにおいて初の海外絵本絵画展「Akihiro Nishino Solo Art Exhibition」を開催しています。
11月には「TDW ART FAIR 2013」の「小川登美夫賞」「川崎健二賞」を受賞しています。

2014年2014年8月、2015年8月と2年連続で、日比谷公会堂にて独演会を開催。2年連続共に、チケットの2000枚を手渡しで販売し1年かけて完売しています。

2015年西野亮廣さんは、ニューヨークで初の独演会を開催し、青山で絵本原画展を実施、約1万人を動員しました。さらにデザインイベントで企画展示やカフェを展開し、銀座でも個展を開催しています。



2016年、オンラインサロンを開設し、後に会員数7万人を突破する人気コミュニティへと成長させました。番組イベントをきっかけに「パインアメ」を配布する活動でも話題となり、感謝状を受けるなど注目を集めました。さらに絵本の共同制作や『えんとつ町のプペル』の出版、企業顧問就任など、多方面で精力的に活動されました。

2017年10月、株式会社NISHINOを設立しています。

2018年、振袖販売業者の問題を受け、被害に遭った新成人のための「リベンジ成人式」を横浜で主催し話題となりました。さらに地元に美術館を建設するため3億円の借入計画を公表し、寄付を募る企画も開始します。しかし、その発信内容が誤解を招き炎上し、後に自身のブログで謝罪。寄付の受付を中止するなど、対応に追われる出来事もありました。

2020年12月25日、映画「えんとつ町のプペル」が全国上映されています。

2021年、吉本興業との契約終了を発表し、円満退社を強調されました。同年2月には自身の会社名を「株式会社CHIMNEY TOWN」に改名されました。

2022年、ミュージカル『えんとつ町のプペル』の映像を無料公開し話題となりました。さらに兵庫県川西市に自邸を完成させ、NFT作品も即完売で注目を集めました。加えて、クラウドファンディング事業を開始し、多方面で活躍の幅を広げられました。

西野亮廣(キングコング)の結婚した妻とは!


西野亮廣さんは、お笑いでキングコングとして活動をしている時から女性人気も高く、熱愛報道などもされていました。

そのために結婚はしているのか?妻は誰なのかといった疑問を持つ人が多くいるようですね。

現在までに、西野亮廣さんは結婚はしていません。

2021年に西野亮廣さんは結婚しない理由についてこう語っています。「結婚をすると、必要がないモノが目に入るから」「たぶん、これ、ほとんどの方に理解されないと思います。基本、僕は、朝起きて、翌早朝に寝るまで、ずっと仕事をしていたい人間なんですが、その際、自分が必要としていないペンギンのヌイグルミとかが目に入ったら、気が狂いそうになるんです。」

自身が手を動かせば確実に前に進む仕事じゃない仕事をしているときに一日中考えて、何も出てこなかった時には本当に死にたくなるそうです。その時に、ペンギンのヌイグルミが目に入ったら、「なんで、あんなものがアソコにあるんだ」と思いはじめて、その先にはあのペンギンが邪魔をしていると八つ当たりみたいな感情が芽生えるそうです。

過去にお付き合いをしてきた彼女にもとにかく家に物を持ってこないでくれとお願いをしてもなかなか理解はされなかったそうです。

西野亮廣さんは過去に結婚に関する事件がありました。2022年5月15日に「勝手に婚姻届が出されていた」と明かしています。

2022年の5月に入り区役所の戸籍届出係から一通の手紙が届いたそうです。「本年5月2日に届出がありました婚姻届について内容に不備がございましたので、受理できない状況にあります」と、、、、勝手に誰かが婚姻届を出していたということのようです。

かなりの恐怖を語っていて、弁護士に対応してもらう旨を告白していますが、婚姻届を勝手に提出することは私文書偽造・行使などいくつかの罪にもなります。今回の場合は不備があったので西野亮廣さんの元に文書が届きましたが不備がなかった場合は受理されてしまうケースもあるようです。もし、受理されるようなことがあったら戸籍に残ってしまう場合もあるということで、もし不安があるという方は不受理申出という制度があるようなので活用をしたほうがいいのかもしれませんね。

西野亮廣の収入源や現在の仕事とは




西野亮廣さんは現在はお笑い芸人としての活動はしておらず、キングコングとしても舞台には立つことはないようですね。

現在は、絵本作家、映画プロデューサー、舞台演出、クラウドファンディングのプラットフォーム運営、海外支援など、絵本・映画・舞台・美術館建設といったエンタメプロジェクトを軸にマルチに活動しています。

西野亮廣さんは多くの人が最初に認知をしたのはお笑い芸人としてだったと思いますが、現在は前述したように多岐の分野に渡って活動をされています。

絵本作家になった当初は「芸人のくせに絵本書きやがって!」みたいなことを言われたそうです。

日本は現在もひとつの仕事を最後まで全うすることが素晴らしいという価値観が根強い状況だと語ります。

ただ、1980年代くらいには企業の平均寿命が30年ぐらいあったのですが、2017年には倒産した会社の平均寿命が23年ぐらいまで短くなっていたそうです。

つまり、大学卒業をしてある会社にはいっても40代半ばには会社はなくなる可能性が高いということです。

人の寿命はどんどん伸びて60歳定年と言われた昔の時代の働き方はとうに終わっています。

そうなってくると、人生で3、4回は転職するのが当たり前という時代が間違いなくやってくると西野亮廣さんは語っています。