フジコ・ヘミングの年収が驚愕の金額で!なぜ人気なのか!なぜ人々の心をとらえるのか

フジコ・ヘミングの年収や結婚の真相に迫る!なぜ人気なのか!なぜ人々の心をとらえるのか

フジコ・ヘミングはハーフで父親や母親とは?ピアニストとしての経歴とは?

フジコ・ヘミングさんは日本とヨーロッパや
アメリカで活躍をするピアニストです。

 

父親はスウェーデン人の画家・建築家の
「ヨスタ・ゲオルギー・ヘミング」さんです。

 

母親は日本人ピアニストの大月投網子さんで
す。

フジコ・ヘミングさんはドイツのベルリンに
生まれています。

 

5歳で日本に移住をしたのですが父親が日本に
馴染めずに家族3人を残して1人でスウェーデ
ンに帰国をしてしまいます。

 

それ以来は父親なしの生活となりました。

 

フジコ・ヘミングさんは5歳からピアノを
始めて、10歳からは父の友人でありドイツで
母がピアノを師事したロシア生まれのピアニス
ト「レオニード・クロイツァー」に師事して
います。

 

小学校3年生の時にNHKラジオに生出演を
して天才少女と騒がれています。

 

青山学院高等部3年のときにデビューコンサー
トを果たしています。

 

東京藝術大学音楽学部在学中の1953年には
新人音楽家の登竜門である第22回NHK毎日
コンクールに入選を果たして翌年には第2位に
入賞をしています。

 

1961年にベルリン芸術大学へ留学を果たして
います。ただ生活面ではかなり苦しく母からの
わずかな仕送りと奨学金でなんとか凌いだそう
です。

 

16歳のときに中耳炎の悪化で右耳の聴力を
失っていたのですが、さらに左耳の聴力も
失ってしまって演奏家としてのキャリアを一時
中断しなければならなくなったそうです。

 

耳の治療の傍らで音楽学校の教師の資格を得て
ピアノ教師をしながら欧州各地でコンサート
活動を続けています。

 

現在は右耳は40%回復をしているということ
ですが、ピアニストにとっての聴力という
大事な部分が失われていてもこれだけの活躍
ができるとは本当にすごいですね。

 

母の死後1995年に日本へ帰国をしてコンサー
ト活動を行いました。

 

1999年10月15日の東京オペラシティコンサー
トホールでの復活リサイタルを皮切りに本格的
な音楽活動を再開して国内外で活躍をすること
になりました。

フジコ・ヘミングの年収が驚愕の金額!?

フジコ・ヘミングさんはピアニストとして
活躍をして世界的に有名な方でもあります。

そんな、フジコ・ヘミングさんの年収とは
一体どのぐらいなのか?気になる方も多いよう
ですね。

 

基本的にピアニストの年収は700万円ぐらいと
言われているようですね。

 

ただ、これは平均なので売れているピアニスト
となると話は変わってきます。

 

フジコ・ヘミングさんの想定される収入源は
・音楽のCDの印税
・コンサートの収入
・テレビ出演
・雑誌の取材
などが考えられます。

フジコ・ヘミングさんのCDの売り上げは世界
的なものなので印税だけでも数千万円あると
言われています。

 

さらに、コンサートは年間で50ぐらいこなし
ているために2000万円ぐらいの収入が考え
られます。

 

テレビや雑誌の取材は常にあるわけではあり
ませんがスポットでの収入と考えると

フジコ・ヘミングさんの年収は数千万円は
くだらないということになりそうですね。

フジコ・ヘミングのピアノはなぜ人気なのか!なぜ人々の小心を惹きつけるのか!

フジコ・ヘミングさんは幼い頃からピアノを
習得してピアニストとして海外に行き努力を
重ねていましたが・・・・・

60代になる年齢まで芽がでない状態が続いて
いました。

 

そんな時1995年に母親が帰らぬ人になった
ことで日本に帰国することになりました。

 

ただ、人生とはわからないものでこの日本への
帰国がフジコ・ヘミングさんの人生を変える
ことになったんです。

 

日本に帰国後にはコンサートやCDの販売や
NHKのドキュメント番組に出演をしたりと
一気に注目を浴びて日本を代表とするピアニ
ストとなったのです。

 

日本で取り上げられたことによって世界でも
注目をされることになりました。

 

海外での活動中には注目をされずに日本に
帰国をしてからというのはなんとも皮肉な
ものですね。

 

ピアノの実力についても賛否両論はあります
が、フジコ・ヘミングさんは
「誰が弾いても同じなら、私が弾く意味なんて
ない。だから私は私だけの音を大切にしている
の」

 

「ぶっこわれそうなカンパネラがあったていい
魂が燃え尽きるほどのノクターンがあったって
いい。機械じゃないんだから」と語っています

 

音楽とはただ単に技術的にうまいだけでは
人々を動かすことはできないのではないでしょ
うか・・・・

 

まさに音楽家の人生や情熱が伝わって人々の
心を動かすものができあがるのでしょう。

 

そのためにフジコ・ヘミングさんは世界の多く
の人々に指示をされています。