河合美智子の再婚した夫との馴れ初めが衝撃の!脳出血の原因とは

河合美智子の再婚した夫との馴れ初めが衝撃の!脳出血の原因とは

河合美智子の経歴

河合美智子さんは女優・歌手として活躍をしている方です。

河合美智子さんは1968年6月13日生まれで、神奈川県平塚市出身です。

本名は「鈴木一栄(すずきかずえ)」さんです。

1983年に映画『ションベンライダー』の主役としてデビュー。役名の「河合美智子」がそのまま芸名になりました。同映画の主題歌『わたし・多感な頃』で歌手デビューも果たしています。

1996年、NHK連続テレビ小説『ふたりっ子』に「通天閣の歌姫」こと叶麗子をモデルにしたオーロラ輝子役で出演


オーロラ輝子役があたり役となって知名度を上げています。ドラマ内で歌ったオリジナル曲「夫婦みち」を役名のオーロラ輝子名義でCD化すると85万枚を超えるヒットとなり、1997年の『第48回NHK紅白歌合戦』にも出場

2008年に『瞳』でモンスターペアレント役でゲスト出演。また、同年度の『だんだん』にも出演しており、同作で三倉茉奈・佳奈との12年ぶりの共演を果たしています。

2014年3月末で文化放送『高田純次 毎日がパラダイス』への出演を終了したことを機に、高田純次が社長を務めるテイクワン・オフィスからABP inc.へと所属事務所を移籍しています。

2018年10月から兵庫県豊岡市に居住し、舞台公演を中心に活動しています。

河合美智子の再婚した夫との馴れ初めが衝撃の!


河合美智子さんは2004年に仕事上で知り合った12歳年下の番組制作会社のディレクターと、自身の誕生日である2007年6月13日に結婚をしています。

その後、2011年5月末に離婚をしていたことが2013年8月に報じられています。

2016年8月13日に脳出血を発症して入院をしています。闘病生活を支えた俳優の「峯村純一」さんと3年半の交際期間を経て2017年3月29日に再婚をしています。

河合美智子さんと再婚をした夫の峯村純一さんは2013年7月に上演された舞台「GO FOR BROKE!(ゴー・フォー・ブローク)」で出会ったそうです。

舞台終了後の1年間は友人関係として交流を続けていたそうです。日常の何気ない会話を共にすることで「この人といると楽しい」という想いが恋愛関係へと発展をしたようです。

さらに、河合美智子さんも夫の峯村純一さんも離婚歴があるために通じるものがあったようですね。

河合美智子の再婚への決意

河合美智子さんは2016年に脳出血を発症して入院をしています。開頭手術はせずにリハビリテーション専門の病院に転院をして回復しましたが現在も右半身に麻痺が残っているそうです。

壮絶な体験をした河合美智子さんでしたが、闘病中もずっと峯村純一さんは離れることなく支え続けてくれました。


その支え方は恋人の枠を超えて人生の伴侶としての覚悟が感じられたそうです。

入院中のICUを出たばかりの河合美智子さんに峯村純一さんは「婚姻届書いてや。俺、角のめんどいから、かけるようになるまで頑張りな」と声をかけられたことがぼんやりとした記憶の中ながらもしっかりと胸に刻まれました。

河合美智子さんは「この人とならどんな困難も乗り越えられる」という確信に変わったそうです。

体が少し不自由になって申し訳ないと思っていたそうですが「大丈夫や」という強い言葉に再婚を決心したようですね。

現在は兵庫県豊岡市に移住をして自然に囲まれた古民家で2人仲良く暮らしているそうです。

河合美智子の脳出血の原因とは



河合美智子さんが47歳のときに脳出血を患っています。脳出血の発症は47歳という年齢は比較的若い部類に入るようです。

河合美智子さんもそれまでは健康的に活動していたにもかかわらずにある日突然体に異変が起きたそうです。

発症当日は右半身に力が入らないなどの症状が現れて、すぐに病院で検査を受けた結果、脳出血と診断されています。

そんな、河合美智子さんが脳出血を発症した原因が何なのか気になる方が多いようです。

脳出血を発症する原因にはいろいろあるようですが、過労やストレス、生活習慣の影響も強いと言われています。

河合美智子さんも当時は過密なスケジュールの中で仕事をしていて、精神的・身体的負担が溜まっていた可能性があります。

2024年11月に2度目の脳出血も経験しています。この時には奇跡的に麻痺は出なかったようですが、2度も脳出血に見舞われて本人も周りも衝撃を受けました。

現在も身体機能向上を目的とした訓練を続けていてその様子はテレビ番組やブログやYouTubeなどでも発信されています。