舛添要一のその後の生活の衝撃の真実とは一体?

舛添要一の学生時代や政治家としての歩みとは?

舛添要一さんは国際政治学者や政治家として
活躍をしている方です。
株式会社舛添政治経済研究所所長
一般社団法人地域経済総合研究所評議員

 

1948年11月29日生まれなので、2017年には
69歳になります。

 

福岡県北九州市出身で
「福岡県立八幡高等学校」
「東京大学法学部」を卒業しています。

 

1979年4月東京大学教養学部政治学助教授に
着任しています。

 

1989年7月舛添政治経済研究所所長に就任

 

1999年2月国際大学グローバルコミュニケーション
センター主任研究員・教授に着任し
東京都知事選挙に無所属で立候補して3位で落選
をしています。

 

2001年7月第19回参議院銀通常選挙に
自由民主党公認で比例区から立候補して
参議院銀に初当選をしています。

 

2005年11月に参議院外交防衛院長に
就任をし翌年には参議院自由民主党政策
審議会長に就任をしています。

 

2007年自由民主党公認で比例区から
立候補をして参議院議員に再選をしています。

 

その後、第一次安部改造内閣で厚生労働大臣
に就任をしています。

 

2013年に第23回参議院議員通常選挙への
不出馬を表明して新党改革代表を就任しました。
任期満了に伴い参議院議員を退職し

新党改革を離党しています。

 

2014年2月11日東京都知事選挙に無所属で
立候補をして東京都知事に当選しました。

 

2016年6月21日に東京都知事を辞職しました。

舛添要一のその後の生活の衝撃の真実とは一体?

舛添要一さんは芸能人として活動をし知名度を
あげた後に政治家としての活動を始めました。

 

東京都知事選に当選をし、活動をしていましたが
政治資金の個人的使用などの問題を追及されて
東京都知事を辞職するに至りました。

 

海外への出張費や公用車の私的利用など政治資金を
使って家族で旅行をした疑惑などで批判が続き
辞職となりましたが、最終的には疑惑を明確に
回答をしないままとなりました。

辞職後には公に場には姿を現さず表立った
行動はとっていないようですが、2016年の11月
頃に自民党幹事長であった二階俊博さんや
内閣府特命相の島尻安伊子さんと赤坂の料亭で
食事をしたことが発覚したようです。

 

舛添要一さんは芸能人という立場で問題を
起こしたのではなく公人としての立場で問題を
起こして公の場から姿を消しています。

 

さらには法案が成立するまえの自信の辞職
ということもあり退職金やボーナスが支払われた
こともあり国民の怒りは頂点に達しました。

 

 

ほぼ引きこもり状態で生活をしていると
言われて今までの生活とは激変しているようです。

 

しかし、このまま公の場から消える気はさらさら
ないようで、テレビ局に出演の打診を図って
いるようです。

 

その甲斐もあってか・・・ほとぼりが冷めたころ
を見越してテレビ局も視聴率を獲得のために
出演をさせるようですね。

 

「有吉ジャポン」に2017年8月に出演する
ようですが、このままなし崩し的に今後テレビ
出演を考えてるとなるとなんだかなぁという気持ち
になってしまいますね。

 

しかし、そもそも過去にもテレビ出演をしていたのは
政治絡みの話などです。

 

今後は政治に対しての批判などをテレビ出演を
してするとなると視聴者からかなりのクレームが
くることが予想されますし、どの口がいうかという
気持ちになってしまいますよね。