カルーセル麻紀の病気の真相とは!若い頃の美貌で芸能界入りをした経歴が

カルーセル麻紀の病気の真相とは!若い頃の美貌で芸能界入りをした経歴が

カルーセル麻紀の経歴

カルーセル麻紀とは

カルーセル麻紀さんは、日本の芸能界で長年活躍するタレント・女優・歌手です。歯に衣着せぬトークと華やかなキャラクターで人気を集め、“ニューハーフタレントの草分け的存在”として知られています。

芸能界だけでなく、LGBTQの認知が広がる以前から自身の生き方を公表してきたパイオニア的存在としても注目されています。

プロフィール

カルーセル麻紀

名前:カルーセル麻紀
本名:平原 麻紀(ひらはら まき)
生年月日:1942年11月26日
出身地:北海道釧路市
職業:タレント、女優、歌手
所属事務所:オフィスカルーゼル

生い立ちと若い頃

カルーセル麻紀さんは北海道釧路市で生まれました。幼少期から女性的な感性を持っていたとされ、当時の社会では理解されにくい環境の中で葛藤を抱えながら成長したと語られています。

10代の頃に上京し、ナイトクラブやショーパブなどで活動を開始。華やかなパフォーマンスと存在感で徐々に注目を集めるようになります。

芸名の「カルーセル」は、大阪の「カルーゼル」に由来するといわれています。

芸能界デビューとブレイク

1968年、シングル「愛してヨコハマ」で歌手デビュー。以降、歌手活動と並行してテレビや舞台、映画など幅広い分野で活躍するようになります。

1970年代から1980年代にかけては、バラエティ番組で人気を獲得。毒舌ながらユーモアのあるトークが支持され、唯一無二のキャラクターとしてお茶の間に浸透しました。

特に、大胆で飾らない発言や人生経験に裏打ちされたコメントは、多くの視聴者に強い印象を与えました。

女優・舞台での活躍




カルーセル麻紀さんはタレント活動だけでなく、女優としても高い評価を受けています。

映画やドラマ、舞台に数多く出演し、個性的な役柄を演じることで存在感を発揮。長年の芸能経験を活かした表現力で、幅広いジャンルの作品に出演してきました。

また、舞台では歌やショー要素を取り入れた華やかな演出でも人気を集めました。

性別変更のパイオニアとして注目

カルーセル麻紀さんは、日本で早い時期から性別適合手術を受け、公に活動してきた人物として知られています。(性別適合手術を受けたのはモロッコ)

2004年には戸籍上の性別変更を行い、本名も変更。自身の経験を隠さず語る姿勢は、多くの人に勇気を与えました。

現在ではLGBTQへの理解が広がっていますが、カルーセル麻紀さんはその遥か以前から芸能界で自分らしく生き続けてきた存在として高く評価されています。

現在の活動

現在もカルーセル麻紀さんはテレビ番組やイベント、舞台などで活動を続けています。

近年は人生経験を活かしたトークや、シニア世代としての自然体な生き方にも注目が集まっています。飾らない人柄と率直な発言は、今なお多くのファンに支持されています。

カルーセル麻紀の病気の真相とは!


カルーセル麻紀さんは下肢閉塞性動脈硬化症の病気を患っていました。

下肢閉塞性動脈硬化症は足の血管が動脈硬化によって狭くなったり詰まったりして、血流が悪くなるもので、放っておくと足が壊死したり、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞など併発しやすい危険な病気です。

カルーセル麻紀さんが下肢閉塞性動脈硬化症を発症したのは2004年ぐらいの60代半ばのときでした。

右のふくらはぎ付近に痛みを感じるようになったそうです。

常に高さ13cmのヒールを履いて、歌ったり踊ったり遊びに行ったりしていたそうですが、だんだんとむくみがひどくなって歩くけなくなる日も出てきたそうです。

その後、近所の病院に行ったものの原因がわからない状態で3軒の病院を回っても痛み止めを処方されるだけだったそうです。

いよいよ症状がひどくなった2011年にバリ旅行中、足が痛くて歩けなくなったそうです。

帰国後、総合病院へ行き検査をしたところ、右足首の血流が低下をして、右太ももの付け根にある動脈が3cmほど詰まっていることが判明をしました。

カテーテルを入れる手術が行われたそうですが、一度の手術では完治せずみ左右の足で計6回のカテーテル手術を受けることになったそうです。

そして、2020年4月に就寝前にテキーラを飲もうとしたところ、口の端からこぼれて飲めない状態で、看護師をしている姪に電話をしたところ「話し方が変よ。ろれつが回っていない!」と言われたそうです。そこで救急車を手配して、すぐに手術となったそうです。

脳梗塞は発症から4時間半以内に治療をすれば後遺症はほぼ残らないとされています。ただ、カルーセル麻紀さんは発症から10時間以上も経過していたので、後遺症もなく回復したのは奇跡に近かったそうです。

カルーセル麻紀は若い頃の美貌で芸能界入りをした




カルーセル麻紀さんは、北海道から10代の頃に上京をしています。

小学生の頃から自分の性別に違和感があったそうです。小学生のときには学校の番長にいじめから守ってもらったりしたそうですが、陰では番長にキスをされたり、胸を触られたりしたそうです。

自分の中の違和感にモヤモヤしていた頃に歌手の「美輪明宏」さんを見たそうです。「こんな生き方があるんだ!」と感動をしてゲイボーイになる決意をしたそうです。

15歳で高校を中退して家出。東京行きの列車に乗っている最中に見つかって、列車から飛び降りたそうです。その後、札幌にゲイバーがあることを知って、働かせてもらうことにしたそうです。

カルーセル麻紀さんの暴露話で「梅宮辰夫」さんと「菅原文太」さんが自分を取り合っていたという話もされています。力が強い梅宮辰夫さんが勝ったそうですが、文ちゃんもいい男だったわと語っています。

カルーセル麻紀さんにとって芸能界に入りたいという目標があったわけではなく魂は日劇にあったそうです。ストリッパーとして踊るのが仕事と考えていたためにラジオや映画でもらったギャラなんて気にしたことはなかったそうです。